大判例

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東京高等裁判所 昭和29年(う)1955号 判決

被告人 渡辺与四郎

〔抄 録〕

論旨第一、二点について。

原判決挙示の証拠によれば、広枝豪之助は判示場所においてパン製造販売業を営むものなるところ、判示店舗の奥に机を置きその抽斗には鈴をつけて、これを引き出すときはその鈴が自然に鳴る仕掛をして、その中に金銭を入れていること、被告人は判示日時その店舗において右の机の抽斗を引き出したところ鈴が鳴つたので、奥の工場にいた妻ソデ子が店の方を見ると、工場と店舗との境にある硝子窓を通してしやがんでいる男の頭部が見えたので、急いで出ると被告人がいたこと、ソデ子が店舗に出て来たときは、閉めてあつた机の抽斗が二寸位引き出されてあつたこと、豪之助がすぐ奥から出て来たので被告人は逃げ出したことを認めるに足る。いやしくも他人の店舖において何等正当の権限なく無断にてその店舖の奧にある机の抽斗を引き出す行為は、特段の事情なき限り、不法領得の意思を以て他人の管理する抽斗の支配を侵害するものというべく、即ち窃盗の着手ありたる場合に該当するものといわねばならない。所論は、被告人は好奇心で抽斗を引き出してみたまでで窃盗の意思なかりし旨主張するも、この点に照応するが如き供述を被告人は原審公判廷において為しているが、一件記録に現われた証拠に徴すれば、右供述は輙く措置し難いところであり、その他これを裏付けるに足る証左なく、却つて前記認定の事実を総合すれば被告人は前記抽斗中の金品を窃取する意思を以て引き出したものと推認するに十分である。しかしてその机が所論の如く粗末なものであつたか否か又金庫代用になり得るものであつたか否かの如きは、窃盗罪の成否には何等の関係のないところである。

しかして刑事訴訟法第三百七十八条第三号にいう「事件」とは、特定の被告人に対する訴因として犯罪構成要件に当てはめられた事実をいい、その訴因たる事実以外のものはこれに包含されないものと解するを相当とするから、起訴状に公訴事実として記載された場合においても、訴因として法律的に構成された犯罪構成要件たる事実に該当しない限り同条項にいう「事件」ということを得ないと解する。従つて起訴状に被告人が不法領得の意思を以て即ち窃盗の目的で他人の財物の占有を侵害せんとして遂げなかつたとの事実を記載すれば、窃盗未遂罪の訴因としては十分であつて、その窃盗の目的が金銭であろうと他のものであろうとその窃取せんとする目的物の如何は訴因たる事実以外のものに属し、ここにいう「事件」には該当しないものといわねばならない。しかして原審は被告人の窃盗未遂の訴因につき審理を尽し判決をしているのであるから、判示の如く認定した原判決には所論のような違法は毫も存在しない。論旨は凡べて理由がない。

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